自動車における呼称運転の分類と指差呼称との対応関係
自動車分野では、呼称運転あるいはコメンタリードライビングと呼ばれる方法があります。その全体像がよく分からなかったので、文献やインタネットを調べて整理し、指差呼称と似ている部分と似ていない部分についてまとめました。
なお、ネットを検索すると、呼称運転の名称として、コメンタリー運転、コメンタリー・ドライビング、呼称確認、安全呼称確認、発声運転など、さまざまな用語が使われています。それぞれが同じ内容とは言い難い場合があるので、本記事では参照した記事・論文の表現を尊重し、表現の統一は行いませんでした。
また、指差呼称については、指を差さないで呼称のみする場合を含めて、指差呼称と表記しています。
目次
1.この記事の対象
この記事は、以下のような方に向けて書かれています。
- トラック、バス、タクシーなど業務用自動車のドライバーを指導する方
- 自家用も含め、自分の運転をより安全にしたいと考えているドライバー
- 呼称運転を指差呼称の応用だと思っている方
2.官公庁資料における呼称運転と指差呼称
大型免許の講習項目には、コメンタリードライビングが含まれています(たとえば、秋田県警察本部長2019)。
コメンタリードライビングは、危険を予測した運転のための講習にあたり、「受講者が自動車の運転を通じ、見たり、感じたり、思ったりした危険に関する様々な情報を運転しながら短い言葉でコメントすることによる講習」です。
実車かシミュレータで行った後、危険予測のディスカッションをする流れになっています。
- 秋田県警察本部長:大型免許等を受けようとする者に対する講習の実施要領について(例規)、2019
コメンタリー・ドライビングは、50年以上前、イギリスのメトロポリタン警察運転学校で警察ドライバーの高度な訓練のために開発され、ノルウェーの運転指導者教育においても広く用いられているそうです(Bogfjellmoら2023)。
- Bogfjellmo, P. H., & Størseth, F.:Commentary Driving: exploring a method for operative safety reflections、Proceedings of the 33rd European Safety and Reliability Conference (ESREL 2023) (pp. 708-715)
また、国土交通省は、運転時に行う「指差呼称」や「安全呼称」を推奨しています。
トラック、バス、タクシーなどのドライバーへ指導をする際に、「各動作を漫然と行うのではなく、確実に実施させるために、『指差呼称』や『安全呼称』を習慣化することが有効であるという意識を運転者に根付かせる指導」をするよう推奨しています。(国土交通省2024、p55)。
ここで、指差呼称については以下のように解説されています。
「運転者の錯覚、誤判断、誤操作等を防止するための手段です。道路の信号や標識などを指で差し、その対象が持つ名称や状態を声に出して確認することをいい 、安全確認に重要な運転者の意識レベルを高めるなど自動車事故防止対策に有効な手段の一つです」
バスに対してのみ、発車時にアンダーミラーによる車両直前の確認が挙げられていますが(p20,p47)、その他、具体的にどのようなときに、どのような呼称をするかについては触れられていません。また「安全呼称」の説明もありません。
- 国土交通省:自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う一般的な指導及び監督の実施マニュアル《本編:一般的な指導及び監督指針の解説》バス事業者編、2024
3.危険感受性向上のための呼称運転
正岡ら(2011)は、香川県警の依頼によりできた香川県交通安全教育推進会議の活動をまとめた資料の一節において、職場でのトレーニング手法としてコメンタリードライビングを紹介しています。
- 正岡利朗、高塚順子:香川県の交通安全教育のさらなる活性化をめざして、高松大学地域経済情報研究所、2011
ここでは、コメンタリードライビングは、「ドライバーが運転しながら、目の前に展開するシーンや、それらに対応する自らの運転行動について次々と声に出して(報告をして)いく」とされています。
また、その効果は、「危険に対する自らの運転技量を認識し、さらに、自分の運転行動を『明確化』できるようになること」です。また、報告することで同乗する指導者が評価し、フィードバックすることができるようになる効果もあります。
このような訓練を通して、「危険予測の態度や技能をブラッシュアップ」することができます。
また、高松大学では以下のような講習が実施されているそうです。
1)座学の事前学習(60分+アルファ)
2)コメンタリードライビングの映像視聴、映像への発声練習
3)コメンタリーを自習にて習熟(1週間)
4)教習所、教習車使用で本番(120分)
・指導員と受講生3名乗車
・慣熟運転5分×3名、公道で20分×3名
5)終了後、受講生間での意見交換(15分)、指導員の評価、アドバイス
前述した大型免許の講習のコメンタリードライビングは、この訓練手法としての呼称運転と捉えられます。
一方、ネットで呼称運転について検索すると、このような訓練目的ではなく、確認精度向上を目的として使用されている例が多いようです。
4.確認精度向上のための呼称運転
あるサイトでは、呼称運転は「運転している際何かの行動をするときに、おざなりに確認をするのではなく、その都度声に出して確認するということ」で、「安全確認を声を出すことによって、確実に行う」ことが目的としています。
ここでは指差呼称も紹介されていて、両者が同じ目的をもつ行為と認識されているようです。
- 有限会社 運送宅配サービス:7-4.指差呼称と呼称運転 – 小さな運送会社のための研修テキスト、https://utq.jp/kenshuu/7-4/、2024.8.21確認
別のサイトでは、コメンタリー運転について「青信号で交差点を通過する場合に、ただ漠然と通過するのではなく、『信号青!』と声を出します。そうすることによって、目で認知した『青信号』という情報をより確かなものにすることができ、信号の見落としといったミスを防ぐことができます」とあります。
- シンク出版株式会社:コメンタリー運転をしてみませんか? - 人と車の安全な移動をデザインするシンク出版株式会社https://www.think-sp.com/2012/12/06/tw-coment/2024. 8.21確認
さらに別のサイトでは、コメンタリー・ドライブについて、「左折時や横断歩道を通過する際、いつもの安全確認に加え『歩行者、なし』と声出しすることで、歩行者を認識する確実性が上がり、見落としの防止が図れます」としています。
- ホンダ:安全運転管理 コラム#3 https://www.honda.co.jp/fleetsales/safety-drive/column/03/ 2024.8.21確認
これら確認精度向上のための呼称運転は、危険感受性向上のための呼称運転のように連続して呼称するとは書かれていません。連続した呼称をする可能性と、列車運転士のようにポイントを絞った呼称をする可能性があるように思えます。
そこで、ここからは、呼称運転(連続呼称)と呼称運転(ポイント呼称)とを分けて考えたいと思います。
5.列車運転と自動車運転
鉄道は、他の列車との間隔が閉そくおよび信号によって確保されている低リスクのシステムです。線路外からの人や車の侵入もありますが、その頻度は高くありません。
そのため、列車運転士は、ゆっくりと時間をかけて、最も重要な信号の確認をすることができます。
一方、道路は子供を含む様々な人や車が入り乱れ、衝突の回避は人の注意力に依存する高リスクのシステムです。
自動車走行中は、確認すべき危険源が無数にあり、走行速度が上がるほど確認できる余裕が少なくなります。
一つの危険源の確認をゆっくり、しっかりすることは、他の危険源を発見、確認する余裕を削ることになりかねません。
Youngら(2014)は、数十秒のビデオを見て危険源(衝突を避けるために急に速度を変えたり、道路上での位置を変えたりする必要がある可能性のある物体や出来事)を見つけたらボタンを押すテストで、危険源を連続呼称させた条件とさせない条件とを比較しました。
その結果、連続呼称させると危険源への反応の頻度、正確さ、速度を低下させることが示されました。
- Angela H. Young、Peter Chapman、David Crundal:Producing a Commentary Slows Concurrent Hazard Perception Responses、J Exp Psychol Appl. 2014 Sep;20(3):285-294
ここから分かることは、走行中の呼称運転(連続呼称)は危険源を見落としやすく、間違いやすく、反応も遅くなり、危険だということです。
Youngら(2014)は、コメンタリー・ドライビングを一般道路で使うべきではないと結論づけています。
これに関連し、正岡ら(2011)は以下のような記述があります。
「実際の道路交通環境の中で行うので、コメントを行うために頭脳に大きな負荷がかかってしまうと、そのことが原因で事故に結びつく可能性は確かに否定できないであろう。この点のみが異常に強調されても困るのであるが、現実の実践の際には十分な配慮が必要であろう」
一方、呼称運転(ポイント呼称)については、呼称対象以外の危険源の確認精度が低下するか否かは検証されていません。
6.呼称運転と指差呼称との対応関係
以上を考慮して、呼称運転を整理し、指差呼称との対応関係を明らかにしましょう。
最初に、走行中とそれ以外とを分けて考えましょう。
走行中の呼称運転(連続呼称)は、将来的な危険感受性の向上を目指したものであれば、指差呼称とは異なるものです。
一方、走行中の呼称運転(連続呼称)が確認精度の向上を目指したものであれば、指差呼称と同じですが、実践には配慮が必要と言われています。
走行中の呼称運転(ポイント呼称)については、確認対象への確認精度向上を目的とするもので、指差呼称と同じものです。
走行中以外とは、乗車前や停止・停車中の呼称を指します。日常点検、発車時の安全確認、交差点等で一時停止し発進前に呼称するものです。
このような走行中以外の呼称運転は、危険感受性を向上させることも、確認精度を向上させることもできます。前者の目的であれば指差呼称と異なり、後者の目的であれば指差呼称と同じということになります。
なお、走行中以外の場合には、呼称が連続かそうでないかを分ける必要はありません。
7.まとめ
走行中、危険源を連続して呼称する呼称運転(連続呼称)のうち危険感受性を向上させる目的で行われるものは、確認精度向上が目的である指差呼称とは異なるものでした。
走行中、危険源を連続して呼称する呼称運転(連続呼称)のうち確認精度向上を目的としたものであれば指差呼称と同じですが、実践には配慮が必要と言われていました。
走行中、重要な危険源に対してのみ呼称する呼称運転(ポイント呼称)は、対象に対する確認精度向上が目的で、指差呼称と同じものでした。
走行中以外、危険源に対して呼称する呼称運転は、危険感受性を向上させる目的と考えると指差呼称と異なり、確認精度を上げる目的と考えると指差呼称と同じ、と整理されました。
指差呼称は、確認精度を向上させ、確認の誤りを減らす目的で行われます。指差呼称がエラーを減らすことは実験により確認されていますが、その効果は実感しにくいため、形骸化が危惧されています。
確認精度を上げるために行う呼称運転についても、同様に、効果を実感することが難しく、定着化が難しいのではないでしょうか。
定着させるためには、弊社販売の「指差喚呼効果体感ソフト」の活用をお勧めいたします。指差呼称が確認精度を向上させ、エラーを防ぐ効果があることを体感し、腹落ちできる教材になっています。
指差呼称の定着のために
公益財団法人鉄道総合技術研究所が開発した「指差喚呼効果体感ソフト(SimError 指差喚呼編)」は、指差喚呼(指差呼称)の5つのエラー防止効果を実際に体感し、その重要性について理解を深めることで、指差呼称の定着を図るための教材です。
ぜひ活用して、指差呼称の形骸化を防いでください。