インシデントが約42%減少! 初めて実産業で検証された指差呼称の効果!
指差呼称(指差し呼称、指差喚呼)がエラーを防止することは多くの実験で検証されていますが、現実の産業場面、実際の仕事の場面で事故が減った、インシデントが減ったというデータは従来ありませんでした。
もっとも多くの研究が行われてきた鉄道分野では、指差呼称の定着が古く、導入前と導入後の比較ができないため、実際の作業、仕事での事故やインシデントについての検証ができませんでした。
2023年2月に発表された論文には、指差呼称によってインシデントが30%から40%減少したという世界初の報告がなされました。本記事では、その論文をご紹介いたします。
目次
この記事の対象
この記事は、以下のような方に向けて書かれています。
- 指差呼称の効果に疑問をもっている方
- 指差呼称のエラー防止効果の証拠となるデータを知りたい方
- どのような作業で、実際に効果があったのかを知りたい方
2.インシデント減少の論文の概要
最初に論文の概要をご説明しましょう。
- Currie, G., Reynolds, J., Logan, D., & Young, K. L. (2023). “Tram Wrong Way” International Experience and Mitigation of Track Switch Errors. Transportation Research Record, 2677(6), 631-643.
タイトルは、「『路面電車の進路誤進入』進路切替エラーの国際的な経験と対策」と訳しました。
路面電車、トラム、LGTなどは、一般の鉄道と違い運転士が進路を制御する場合があります。運転士のエラーで誤った進路に進入してしまう事故について、各国の事業者にインタビューし、どのような事故状況か、どのように対策しているかを調査した論文です。
対象国は11か国(オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、アイルランド、スイス、オランダ、イギリス、アメリカ)です。
著者は、オーストラリアの大学の研究者たちです。
3.各国の指差呼称について
エラー防止対策の1つとして指差呼称について調べた結果、使われていたのは、以下の3国でした。
- オーストラリア(メルボルン)
- カナダ(トロント)
- アメリカ(サンディエゴ)
指差呼称について調査したのは、著者らの地元、オーストラリアのメルボルンの路面電車で指差呼称が使われており、他の国の事業者でも使用されているか、その効果はどうかについて興味があったのでしょう。
カナダのトロントの路面電車では以前は使われていたようですが、現在は使われておらず、改めて導入が提案されているそうです。
アメリカのサンディエゴの路面電車では、指差呼称が使われていますが、呼び名は一般的なpointing and callingではなく、hunting and callingだそうです。なぜhuntなのかは論文に書かれていませんでしたので、他の資料に情報がないか調べたのですが、現在まで見つかっていません。
4.サンディエゴでのエラー防止効果
先にアメリカ、サンディエゴの路面電車の説明をしましょう。
サンディエゴの路面電車は運転士が進路制御を行います。人の注意力には限界がありますので、ヒューマンエラーによって事故やインシデントが発生します。
2017年に指差呼称を導入したところ、2016年に比べて信号違反が38%減少しました。この改善は2018年,2019年,2020年も続き、2016年に比べて信号違反がそれぞれ33%、26%、42%の減少だったそうです(Currieら2023)。以下に、この数値を図示しました。
会社は、この減少は指差呼称導入が原因であり、数量的にも効果が証明されたと考えているそうです。
数量的な検定のためには信号違反の実数を知りたいところですが、論文に載っていません。サンディエゴの路面電車の情報を検索してみましたが、追加の情報は得られませんでした。
5.トロントでのエラー防止効果
トロントでの指差呼称のエラー防止効果の検証については、路面電車のものではありません。
路面電車へのインタビューの中で出てきた、トロント地下鉄のデータです(ちなみに、トロント交通局(TTC)が両者を運営しています)。
トロント地下鉄では、車掌によるドア操作で指差確認(point and acknowledge)が行われています。駅のプラットフォームの壁には、正しい位置に停車していることを示す標示が設置されていて、車掌はそれを指差確認してから、ドアを開けています(TTC,2015)。ホームと反対側のドアを開けたり、一部のドアがホームから外れていたまま開けたりしないために行われています。
- "STAFF REPORT ACTION REQUIRED、2014 TTC APTA Audit" 、TTC.ca. September 11, 2015.
トロントでの指差確認については、声出しをしているという記述は見つかりませんでしたので、指を差すだけの指差確認と考えられます。
指差確認をどのくらいの車掌が実施しているかを監査した結果、11名中7名が実施していたそうです。
この指差確認は2014年から導入され、導入前の2013年と2014年のドア開扉のインシデント平均16回に比べて、2015年から2021年の平均7.5回と、53%の減少があったと記されています(Currieら2023)。記載されていたデータを用いて図を作成しました。
6.世界で初めての公表されたエビデンス
Currieら(2023)は、これらのデータを、世界で初めての公表されたエビデンス(証拠)であると主張しています。
この主張は正しいと思います。
とはいえ、小さな疑念がないわけではありません。
論文の図で示されたのはサンディゴでは26%から42%の減少、トロントでは53%の減少でしたが、要旨では30~40%の減少と書かれています。どうしてこのようなズレのある数値を代表値としたのでしょうか。
なお、トロントの結果をサンディエゴと同じ年ごとの%で示すと、50%、44%、25%、56%、31%、81%、88%の減少で、25%から88%の減少ということになります。
要約の仕方については、25%から88%の減少と範囲を示したり、中央値として42%の減少と表記してもよかったかと思われます。
とはいえ、実際の産業場面で指差呼称がインシデントを減少させたというエビデンスが2例も示されたことは、実に画期的で、素晴らしい論文だと言えましょう。
指差呼称の定着のために
指差呼称がエラーを減らすことは実験により確認されていますが、その効果を実感することがしにくく、形骸化が危惧されています。
公益財団法人鉄道総合技術研究所が開発した「指差喚呼効果体感ソフト(SimError 指差喚呼編)」は、指差喚呼(指差呼称)の5つのエラー防止効果を実際に体感し、その重要性について理解を深めることで、指差呼称の定着を図るための教材です。
ぜひ活用して、指差呼称の形骸化を防いでください。