医療現場での指差呼称(指差喚呼) ~必要なのに略しがち~
医療現場における医療行為は、主として医療関係者(医師、看護師、薬剤師など)の注意力で安全が保たれています。
患者は一人ひとり病状が異なりますので、作業の多くは定型化できず、機械によるオートメーション化が難しいからです。
指差呼称(指差喚呼)は、確認がより確実に行える手法ですが、病院ではあまり見かけられません。
私たち患者の気づかないところで使われているのでしょうか。それとも、あまり使われていないのでしょうか。
ここでは、医療現場における指差呼称について調べてみました。
目次
1.この記事の対象
この記事は、以下のような方に向けて書かれています。
- 医療現場での指差呼称の使われ方について知りたい方
- 忙しい現場での指差呼称の定着の取り組みについて知りたい方
2.患者からみた病院での指差呼称
私は、診断時に「〇〇と△△の薬を出しますね」と言われたのに、もらった処方箋に1つの薬の記載がないことに、後で気づいたことがあります。
気づいてから確認を取り、無事、新しい処方箋をもらいましたが、もし私が出される薬の種類をしっかりと聞いていなかったら、必要な薬が処方されないままになっていたかもしれません。
間違った薬が処方されていれば薬剤師が気づいてくれる可能性もありますが、そもそも薬が抜けていた場合には、気づく可能性は低かったでしょう。
ほとんどの医療行為の安全は、医療従事者の注意力に掛かっています。
自動車のABSや衝突回避システムのように、人の失敗をフォローしてくれるようなシステムは一部にしかありません。
病院こそ、確認の精度を高めてくれる指差呼称(指差喚呼)が活きる現場だと思いますが、私個人の経験としては、実施しているのを見かけた記憶がありません。
3.医療行為においても指差呼称の効果はあるか?
内服薬を用意する場面における指差呼称の効果について、現役看護師63名を対象として行った実験の例をご紹介しましょう。
処方箋と薬剤を照合する作業場面において、いつも通りに指差呼称をしたグループの平均エラー数は0.5回、しなかったグループは1.4回で、有意な差がありました。
また、薬を各ベッドに配る作業場面でも、指差呼称をしたグループの平均エラー数は0.1回、しなかったグループは0.9回で、有意な差がありました(笠原ら2013)。
- 笠原康代、島崎敢、石田敏郎、平山裕記、酒井美絵子、川村佐和子:看護師の内服与薬業務における誤薬発生要因の検討、人間工学、Vol.49、No.2、pp.62-70、2013
この実験では、指差呼称をすることで、照合作業では約1/3、与薬作業では約1/9にエラーが少なくなっています。
医療行為においても、指差呼称のエラー防止効果はあると言えるでしょう。
4.忙しくて指差呼称できない?
医療の分野でも指差呼称を行うことが推奨されていますが、定着までは難しいのが現状のようです。
少なくとも、鉄道員に比べると、指差呼称をしている医療関係者の割合は少ないのではないでしょうか。
看護師103名へのアンケート調査では、指差呼称について必要だと思ってはいても、「忙しい」「焦っている」ために実施していないと回答した人が多かったそうです(中村ら2016)。
- 中村 佳代、並木 美津子、笠原 康代:内服与薬における指差し呼称に対する看護師の意識と実施状況、日本重症心身障害学会誌、Vol.41、No.2、p273、2016
また、新生児を対象とした急性期病棟の看護師28名へのアンケート調査では、指差呼称を行っている者が96%と多い一方、省くときがある者が93%との結果が得られています。省く場面は「忙しいとき」「他児のアラーム対応をするとき」「カルテを開くとき・記載時」「点滴交換」などでした(小村ら2014)。
忙しいときだけでなく、カルテを開くなど日常的な場面でも省略されていることが分かります。
- 小村美穂、山崎祐、小椋美奈子、角ひかる、遠藤明美:A病棟看護師の指差し呼称に対する意識調査、鳥取大学医学部附属病院看護部院内看護研究発表、pp.61-66、2014
5.指差呼称の定着のために有効な方法
病院で、指差呼称を定着させるためにはどうすればよいのでしょうか?
指差呼称の必要性と実施方についての勉強会を行った後、与薬場面での指差呼称の実施について観察したところ、実施割合は増えなかったそうです(石田ら2017)。
また、勉強会後のアンケート結果では、経験年数が高い看護師は指差呼称が「必要である」との回答が低かったそうです(石田ら2017)。
- 石田裕美、高木恵美子:内服与薬場面における指差し呼称に対する看護師の意識と行動の変化、日本重症心身障害学会誌、Vol.42、No.2、p192、2017
このように1回の勉強会だけでは、指差呼称の定着は難しいようです。
難しい理由の1つは、指差呼称によりエラーが防止できるという“実感”が得られないからだと考えられます。
指差呼称の5つのエラー防止効果について、それぞれを体感するプログラムが開発されています。
実際に指差呼称の実施率が向上したことは検証されていませんが、エラー防止効果の認識度が向上することが確認されています(重森ら2012)。
- 重森雅嘉、佐藤文紀、増田貴之:指差喚呼のヒューマンエラー防止効果体感プログラム、鉄道総研報告、Vol.26,No.1、pp.11-14、2012
このようなエラー防止効果を実感できる教材を用いて、研修を繰り返し行うことが、指差呼称を定着させる有効な方法ではないでしょうか。
6.まとめ
病院などの医療現場では、指差呼称が医療事故防止に有効で、実施することが推奨されています。
しかし、忙しいときなどに指差呼称を省いてしまうことが多く、定着はなかなか難しいようです。
省略を減らし、定着を図るためには、指差呼称がエラーを防ぐ効果を実感できるような研修が必要です。
指差呼称の定着のために
指差呼称がエラーを減らすことは実験により確認されていますが、その効果を実感しにくいために、定着ができていない職場も多いようです。
公益財団法人鉄道総合技術研究所が開発した「指差喚呼効果体感ソフト(SimError 指差喚呼編)」は、指差喚呼(指差呼称)の5つのエラー防止効果を実際に体感し、その重要性について理解を深めることで、指差呼称の定着を図るための教材です。
ぜひ活用して、指差呼称を定着させてください。