指差呼称は乳児から始まった?
指差呼称の指を差して確認する行動の起源は、運転士が自主的に信号を指差していたものがルールとして取り入れられたものと言われています(芳賀ら、1996)。
私たちは生活の中で自然に指差しをしています。指で差しながら文章を読んだり、道の方向を示したり、遠くの物を友人に伝えるために行ったりもします。
なぜ私たちは指を差すのでしょう。そのルーツを乳幼児の行動から探り、指差呼称との関係を見い出したいと思います。
目次
1.この記事の対象
この記事は、以下のような方に向けて書かれています。
- 指差呼称の指差しのルーツを知りたい方
- 指差しのいろいろな意味について知りたい方
- 指差呼称の説明がまんねりになって困っている方
2.乳幼児の指さし
子供を育てた経験のある方はご存じでしょうが、子供は言葉を話す前から指さしをします。一歳くらいの乳児の頃です。
1歳くらいになると、乳児は欲しいものを指さしたり、あれは何かと質問したりするために指をさします。これらは伝達的指さしと呼ばれています。言葉以前のコミュニケーション手段と言えましょう(宮津2018)。
この行動は頻繁に行われるので、多くの人に気づかれやすいのですが、実は、さらにこの前段階に、一人指さし(または、自発的指さし)があります。
これは、伝達的指さしが生じるにつれて少なくなっていき、伝達的指さしの陰に隠れてしまいます(宮津2018)。
この一人指さしが指差しのルーツだと考えられます。
3.手・指の形の変化
ここで、乳児の指の形の変化について見ていきましょう。
乳児が物に手を出してつかむ動作が、指さしの前段階と考えられています。つかむだけだったのが、つまむ動作をするようになり、さらに人さし指で触れる動作もするようになります。
一方、物が遠い場合には手を出してその方向へ伸ばす、手さしの動作をするようになります。この手さしの手の形が、上で述べた触れる動作と組み合わさって、指さしになります(秦野1983)。
4.一人指さしの目的は?
乳児の一人指さしはどのような目的で行われ、どのような効果を持っているのでしょうか。
一人指さしのたくさんある分類のうち、3つについて紹介しましょう。
まず1つめは、人や物の動き、状態をさすもので、気づいたから、注意が向いたから指をさすものです。これは状態への指さしと呼ばれています(村上2018、2019)。
状態への指さしは、周囲の環境を探索するための手段だと考えられています。
指をさすことで対象への注意が強まり、よりその対象を観察し、何であるのか、どう変化するのかなどを探索しやすくなるのでしょう。
また、確認するためのチェック機能や、気づきを再認識する手段だとも考えられています。
これらの目的は、私たちが確認のために行う指差呼称の目的と共通するものだと思われます。
2つめの分類は、進む方向を指さして歩いたり、帰る方向をさしたりするものです。これは方向の指さしです(村上2018、2019)。
方向の指さしは、自分の行動をコントロールするための手段と考えられています。指をさしながらの移動は、そうでないときよりも、より方向が定まりやすくなるのでしょう。
指差呼称の効果の1つは「視線が滞留しやすくなる」ことです、方向の指さしにおいても、「視線が滞留しやすくなる」ために歩きやすくなるのかもしれません。
3つめの分類は、人や物の名前を言いながらの指さしです。これは理解・命名の指さしです(村上2018、2019)。
自分が理解している、知っていることを再確認しているようです。
理解・命名の指さしの目的は文献には書かれていませんでした。
ここで興味深いのは、理解・命名の指さしは、指さしと声出しが同期していることです。この点において、理解・命名の指さしは、指差呼称につながる行動なのかもしれません。
5.伝達的指さしとは?
伝達的指さしについても見ておきましょう。4つの指さしがあるようです(岸本2016)。
1つめは「あれ、何?」と、質問するときに指さしするものです。
2つめは、「あれ、取って」「あれ、ちょうだい」と、要求する指さしです。
3つめは「あそこだよ」と、教えてあげるための指さしです。
4つめは「きれいだね!」と、ドキドキを共有したいときの指さしです。
これらは、コミュニケーションの手段ですから、指差呼称のエラー防止効果とは関連性はないと思われます。
6.乳児の指さしと指差呼称の関連
乳児が最初に行うようになる一人指さしは、特定の対象へ自分の注意を集中させやすくなるために行われると考えることができそうです。
同じように、確認における指差呼称も、対象への注意の集中を促進するという側面がエラー防止に役立っているようです。
この点において、乳児の一人指さしが指差呼称のルーツと言えるのではないでしょうか。
指差呼称の定着のために
指差呼称がエラーを減らすことは実験により確認されていますが、その効果を実感することがしにくく、形骸化が危惧されています。
公益財団法人鉄道総合技術研究所が開発した「指差喚呼効果体感ソフト(SimError 指差喚呼編)」は、指差喚呼(指差呼称)の5つのエラー防止効果を実際に体感し、その重要性について理解を深めることで、指差呼称の定着を図るための教材です。
ぜひ活用して、指差呼称の形骸化を防いでください。
文献
1) 芳賀 繁、赤塚 肇、白戸 宏明:「指差呼称」のエラー防止効果の室内実験による検証、産業・組織心理学研究、Vol.9、No.2、pp.107-114、1996
2) 宮津 寿美香:発達に伴う「指さし行動」の質的変化:―「一人指さし行動」から「伝達的指さし行動」へ―、保育学研究、Vol. 56、No. 2、pp.30-38、2018
3) 秦野 悦子:指さし行動の発達的意義、教育心理学研究、Vol.31、No.3、pp.70-79、1983
4) 村上 涼:「ひとりの指さし」の発達的役割 0・1歳児クラスの保育場面における観察分析から、江戸川大学こどもコミュニケーション研究紀要、Vol.1、pp.9-16、2018
5) 村上 涼:「ひとりの指さし」と探索行動の関係―自由遊び場面における観察分析から―、江戸川大学紀要、Vol.29、pp.27-34、2019
6) 岸本 健:なぜ乳児は指さしをするのか 言葉を話す前の乳児による指さし、心理学ミュージアム、日本心理学会、2016.7.21(https://psychmuseum.jp/show_room/pointing/)