指差呼称の本当に意味のある「やり方」とは(前編)
指差呼称を毎日行っている貴方、その「やり方」が最善であるという自信がありますか?
指差呼称の「やり方」は会社で指導されていたり、本やネットなどで、腕の角度や声の大きさが示されたりしています。
腕をまっすぐに伸ばすことは必要なのでしょうか?
手を耳元まで戻してから指差しすることは必要なのでしょうか?
本記事では、指差呼称を行う意味を改めて考え、本当に意味のある指差呼称の「やり方」を提案いたします。
目次
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1.この記事の対象
この記事は、以下のような方に向けて書かれています。
・指差呼称の「やり方」に納得できない方
・指差呼称の「やり方」に自信がもてない方
・指差呼称の「やり方」を指導する方
・指差呼称のエラー防止効果について、深く知りたい方
2.指差呼称の「やり方」の一般例
指差呼称は、確認をより確実にするために、確認対象に指を差し、確認する内容を口に出す行動です。
ここでは、そう定義して考えていきます。
用語としては、指差し呼称、指さし確認、指差喚呼、指差称呼などさまざまなものがありますが、基本的には同じです。
参考記事
厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」の安全衛生キーワードに指差呼称の一般的な手順が書かれています。
(1)対象をしっかり見る
(2)対象を指で差す
・呼称する項目を声に出しながら、右腕を真っ直ぐ伸ばし、対象から目を離さず、人差し指で対象を指差します。
なお、指を差す際、右手の親指を中指にかけた「縦拳」の形から、人差し指を真っ直ぐに突き出すと、指差しが引き締まります。
(3)差した指を耳元へ・差した右手を右の耳元まで戻しながら、「本当に良いか(正しいか、合っているか)」反すうし、確かめます。
(4)右手を振り下ろします・確認できたら、「ヨシっ!」と発声しながら、対象に向かって右手を振り下ろします。
また、(1)~(4)の一連の動作は、左手を腰に当て、背筋をピンと伸ばし、キビキビとした動作で行うことが奨励されています。
対象の確認という面からこの4段階を見ると、(3)(4)は再確認の手順になります。そこで、以後は(1)(2)の部分のみを深堀していきます。
3.指差呼称のやり方として、認知・意識を掘り下げる
ある作業において、対象を確認し対処を決める場面について、人がどのように認知・意識を働かせるかについて、詳細に記述してみます。
厚生労働省の記述をベースに、行動については黒字、認知・意識については赤字で書き分けて示します。
前提とする認知・意識状況
・覚醒レベルが適切である
・モチベーションが一定以上である
・視力が十分ある・確認対象・呼称内容を決める
・対象を探す
(確認すべきこと、そのタイミングを認識している)
・対象をしっかり見る・対象を指で差す
(対象が正しいことを確認する/対象の状態 ”情報” を認識する)
(指差しにより視線が定まり、周囲にある似たような対象から見るべき対象を確実に認識できる)・呼称する
(呼称する項目 ”対象の名称など” を思い出し、言語化する)
(呼称した言葉を聴き、聴覚から得た情報と矛盾しないことを確認する)
まず、確認をしっかりするために、いくつかの前提が必要です。
1つめの「覚醒レベルが適切である」は、人が普通に目覚めていて、眠ってもいなければ、パニックにもなっていない状態であることを示します。
2つめの「モチベーションが一定以上である」は、働く気がある、確認を伴う作業に対してやる気を持っていることを示します。
3つめの「視力が十分ある」は、指差しの対象を確認できるだけの視力があることを示します。
これらの前提がないと、確認できなかったり、確認しようと思わなかったりして、もし行動としての指差呼称が行われたとしても、正しい確認ができません。
当たり前だ、バカバカしいと思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、作業の確認における失敗、誤りを考えたときには、これらの要因が関与していることを無視するわけにはいきません。
次に事前の行動として、確認する対象を決め、状況ごとに何を呼称するかを決めるプロセスを入れました。
確認対象が多く、すべての対象に指差呼称しない方がよい場合には、重要な確認を絞ることが有用です。
また、呼称する内容や言葉については、内容が分かりやすく、エラーを防ぎやすいものにするよう工夫し、決めておくことが望まれます。
さらに、行動として「対象を見る」前に、「対象を探す」行動を入れました。
対象が強烈で意識していなくても目に入ってくるような場合(警報灯など)を別として、対象を見るためには対象の方向に視線を向け、紛らわしい他の物の中から対象を探すプロセスがあるからです。
その際の認知・意識として、「確認すべきこと、そのタイミングを認識している」ことが必要です。
その認識がないと(忘れると)、対象を探す行動を適切なタイミングで行うことができません。
次がようやく「対象をしっかり見る」です。
「対象を見る」は行動ですが、「しっかり」は認知、意識に関わりますので、赤字にしています。
「対象を指で差す」という行動のもとで、認知、意識として「対象が正しいことを確認する」ことと「対象の状態 ”情報” を認識する」ことが必要です。
「対象が正しいことを確認する」は、確認すべき対象が間違っていないかを確認することです。
「対象の状態 ”情報” を認識する」は、メーターの数字を読み取ったり、スイッチのオンオフや信号の色を確認したりすることです。
最後に「呼称する」行動があります。
この行動には認知、意識として「呼称する項目 ”対象の名称など” を思い出し、言語化する」と「呼称した言葉を聴き、視覚から得た情報と矛盾しないことを確認する」があります。
1つめの「呼称する項目 ”対象の名称など” を思い出し、言語化する」はそれほど難しい課題ではないでしょう。
2つめの「呼称した言葉を聴き、視覚から得た情報と矛盾しないことを確認する」は無意識で行っていることかもしれません。
4.指差呼称が及ぼす認知・意識への作用について加筆する
次に、指差呼称が、確認のための認知・意識にどのように、どのタイミングで作用するかについて青字で書き入れてみます。
前提とする認知・意識状況
・覚醒レベルが適切である
・モチベーションが一定以上である
・視力が十分ある・確認対象・呼称内容を決める
・対象を探す
(確認すべきこと、そのタイミングを認識している)・対象をしっかり見る
・対象を指で差す
(対象が正しいことを確認する/対象の状態 ”情報” を認識する)
(指差しにより視線が定まり、周囲にある似たような対象から見るべき対象を確実に認識できる)
(指差しすることで行動が遅くなり、認識の精度が上がる)・呼称する
(呼称する項目 ”対象の名称など” を思い出し、言語化する)
(呼称した言葉を聴き、聴覚から得た情報と矛盾しないことを確認する)
(呼称した声を聴くことで誤りに気づきやすくなる)
(指差呼称することで覚醒レベルが保たれる)
「対象を指で差す」際には、指を差すことにより視線が定まり、対象の周囲にある似たような対象へ視線が逸れてしまいにくくさせ、より確実に対象を認識できる点を加筆しました。
また、指差しをすることで行動が遅くなり、認識する時間が増えるため精度が上がることを加筆しました。
「呼称する」では、呼称した声を聴くことで自分の判断の誤りに気づきやすくなる点を加筆しました。
また、指を差し、呼称することにより、覚醒レベルが保たれることを加筆しました。
以上の作用は指差呼称の5つのエラー防止効果に対応しています。
(1)指差は、自己を対象に近づけ、刺激を正確かつ鮮明に網膜に伝える
(2)喚呼は、名称を思い出して言うため意識を対象に集中させ記憶の形成を助ける
(3)指差と喚呼の併用は、視覚・聴覚などの動員により認知の精度が高まる
(4)顎や手や腕に筋肉運動が刺激となって大脳の活動レベルが上がる
(5)知覚・反応間のタイムラグの挿入による、焦燥反応の抑制
重森ら(2012)より引用
これらのうち、「(2)喚呼は、名称を思い出して言うため意識を対象に集中させ記憶の形成を助ける」については「やり方」の中に位置づけることができませんでした。この効果は、確認の最中ではなく、確認が終わった後に係るものだからです。
たとえば、電気ストーブが動かないときに、ストーブの電源ボタンを確認して、何度も押し直したりするのですが効果がありません。なぜだろうと四苦八苦した末に、「そういえば旅行前にコンセントを抜いておいたっけ」と思い出す場面に関係しています。
コンセントを抜くときに「ストーブのコンセント抜いた。コンセントよし」などと指差呼称してたら、旅行後もその記憶がしっかりと残っていて、すぐに原因に気づいただろうということです。
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指差呼称の定着のために
指差呼称がエラーを減らすことは実験により確認されていますが、その効果を実感することがしにくく、形骸化が危惧されています。
公益財団法人鉄道総合技術研究所が開発した「指差喚呼効果体感ソフト(SimError 指差喚呼編)」は、指差喚呼(指差呼称)の5つのエラー防止効果を実際に体感し、その重要性について理解を深めることで、指差呼称の定着を図るための教材です。
ぜひ活用して、指差呼称の形骸化を防いでください。
文献
重森雅嘉, 佐藤文紀, 増田貴之:指差喚呼のヒューマンエラー防止効果体感プログラム、鉄道総研報告= RTRI report: 鉄道総合技術論文誌/鉄道総合技術研究所 監修、2012, Vol.26、No.1、pp.11-14.